2008年5月26日月曜日

占い師はどこまで真実を話すのか

占いマニア 占い師はどこまで真実を話すのか


 相談者を前にして、果たして占い師はどこまで真実を話すのだろうか。この場合の真実とは、未来の予見の当否についてではなく、カードの出目をありのまま相談者に告げるか否かを問題としている。つまり相談者にとってあまりに不利なカードが出た場合、その不利であることを告げるかどうかである。
 当然のことだが、これは占い師の姿勢によって異なってくる。私の経験では、一般に占い師は出たままをそのまま告げる傾向にあるようだが、告げ方には占い師固有の程度差がある。悪い状況ひとつ告げるだけでも、そのまま悪いというか、よくない傾向があるというか、それだけで受け取る側の印象は違ってくる。

■映画に見る一例
 占い師がどこまで真実を話すか。このデリケートな問題の答えを、ある映画の一場面から知ることができる。その映画とは『5時から7時までのクレオ (Cléo de 5 à 7)』、1962年のフランス映画である。アニエス・ヴァルダによって映像化されたこの作品は、非常に印象的なタロット占いの場面から始まる。
 ヒロイン・クレオを占う占い師の老婆は、まずざっと全体の状況を概観し、より詳しい領域に踏み込んでいく。二度目の占いでクレオは吊られた男、皇帝、魔術師、塔の逆を引く。占い師は変化と苦痛、病、出会い、悪い巡りを予見し、さらに進んで状況を知るためにクレオにもう一枚引かせると、クレオが引いたのは果たして死であった。悲観するクレオに占い師は変化が訪れるのだと告げるのだが、彼女の本心はそうではなかった。クレオが退室してすぐ、彼女は別室の男性にあの娘はもうだめだ、癌だろうと話すのである。
占い師の言動をどう見るか
 占い師はカードの出目に凶相を読みながらも、相談者にはそうは告げなかった。嘘をついている、気休めをいったに過ぎない、そう感じる人もあるかも知れない。しかも占い師は、自身の身の上を悲観して泣く相談者に対し、不吉な占い師と思われては困るから泣きやんで欲しい旨を告げる。ここに占い師の自己中心性、偽善性を見るだろうか。
 なお私は、占い師の判断は比較的妥当であると考えている。タロットの示す範囲は広くあいまいであり、最終の判断は解釈者にゆだねられる。解釈者である占い師は、与えられた情報――相談者の現状や周辺のカード――をもとに結果を絞り込んでいくのだが、この時に先鋭的な解釈を採用するか、穏当なものに落ち着くかは、解釈者のスタンスによって異なってくる。私は後者に属する解釈者であるから、たとえ逆位置にせよ塔を引き、さらにそこに死が加わるような深刻な場面があったとしても、努めて不吉の相を前面に出すことはしない。つまり、映画に見た占い師の結論に極めて似たアドバイスを行うだろう。

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